2017-06-16

僧の大きな鼻

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 今は昔、池尾と云ふ所に禅珍内供と云ふ僧住みき。身浄くて真言などよく習ひて、ねんごろに行法を修してありければ、池尾の常塔・僧房などつゆ荒れたる所なく、常燈・仏聖なども絶えずして、折節の僧供・寺の講説など滋く行はせければ、寺の内に僧坊隙なく住みければ、賑ははしく見ゆ。かく栄ゆる寺なれば、その辺に住む小家ども、員数た出て来て、郷も賑はひけり。
 さて、この内供は、鼻の長かりける、五六寸ばかりなりければ、頤よりも下りてなむ見えける。色は赤く紫色にして、大柑子の皮の様にして、つぶ立ちてぞ膨れたりける。それがいみじく痒かりける事限りなし。

                                         ―『今昔物語集』 池の尾の禅珍内供の鼻の話 より―




 鼻の大きな僧のお話です。

 御存知の方も多いかもしれませんが、このお話、あの芥川龍之介の短編『鼻』の元となったものです。

 内容は、妖怪や幽霊が出て来るわけではなく、死人が出るような悲劇的なストーリーというわけでもありません。
 どちらかと言うと、お笑いの要素が強いと思いますが、何より、この鼻を巡る僧と弟子たちの滑稽なやりとりがお気に入りですね。



 簡単なあらすじは以下の通り。
 


 ―― 昔々、あるところに、禅珍内供(ぜんちんないぐ)という僧がいらっしゃいました。戒律に厳格で、修行熱心な、非常に真面目な方だったそうです。その為、人望もあり、寺は栄えて人が多く集まっていました。

 しかし、この内供にはある悩みの種がありました。それは、自身が持つ、大きな鼻です。垂らしていると、下顎までつく長さだったといいますから、相当な大きさでしょう。しかも、ただ長いだけでなく、放っておくと、たまらなく痒くなってくる。

 我慢できない内供は、どうにかしようと、鼻を湯でたり、踏んづけてもらったり、という荒療治で、なんとか痒みを消し、鼻を小さくしていましたが、効果は長続きせず、二三日でもとに戻ってしまったそう。

 そこで、食事の際には、弟子にこの鼻を平らな板で持ち上げさせ、粥を食べるのが常でした。
 
 だが、これが上手な者と下手な者がいる。下手な者の時には不機嫌になってしまうので、この鼻の持ち上げ役は一人の弟子に決まっていました。

 しかしある時、この弟子が病気で寝込んでしまいます。さて困ったことになった。
 代わりの者を探すと、自信満々に名乗り出た者がいました。

「よし、ではお前、やってみよ」

 そうして、この弟子にやらせてみたのだが、これが案外上手なもので、内供は機嫌が良くなります。

「いつもの者よりも上手いではないか」

 これで一安心。

 しかし、恙無く食事が終わるかと思いきや、この弟子、我慢できず、ついくしゃみをしてしまいました。

 はっくしょん!

 その途端、内供の鼻がお椀の中に落ちてしまったからさあ大変。内供はカンカンに怒ってしまいます。

「このろくでなしめ! 私だからいいものの、高貴な方の鼻だったら、ただではすまんぞ! 出て行け!」

 こうして、追い出された弟子でしたが、

「ほかにもあんな鼻を持った人がいるならともかく、よそで鼻を持ち上げさせることなどあるものか。馬鹿な坊さんだ」

 と言い放ったので、聞いていた者たちは大笑いしましたとさ。 ――





 何百年も前のお話なのに、不思議と笑えてくるのがおかしいですね。

 間違いがないよう言っておきますが、決して身体にコンプレックスのある人間を嘲笑するつもりはありませんよ。

 きっと本人たちは大真面目にやっているのに、傍から見ればなんともシュールで馬鹿げたやり取りに見えるのが、面白いんです。


 もし、興味がある方は是非、芥川龍之介の『鼻』も読んでみてください。短いお話ですが、笑った後に、ふと、身につまされる、深い味わいのある作品です。
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Author:momokaru
不思議で奇妙なお話に目がない変人。妖怪、神様、奇談、民話、伝統文化などなど、主に日本にまつわる民族学の世界を探訪していきたい。

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