『珍談』 泥棒の法

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附馬牛村の阿部某という家の祖父は、旅人から泥棒の法をならって腕利きの盗人となった。

しかしけっして近所では悪事を行わず、遠国へ出て働きをしたという。年をとってからは家に帰っていたが、する事がなく退屈でしかたがないので、近所の若者たちが藁仕事をしている傍などへ行っては、自分の昔話を面白おかしく物語って聞かせて楽しんでいた。

ある晩のこと、この爺が引き上げた後で、厩の方がたいへんに騒がしい。一人の若者が立って見ると、数本の褌(ふんどし)が木戸木に結びつけてあって、馬はそれに驚いて嘶くのであった。

はて怪しいと思って気がついて探ってみると、居合わせた者は一人残らず褌を盗られていたそうな。年をとっても、それほど腕の利いた老人であったという。

また前庭に竿を三、四間おきに立てておき、手前のを飛び越えて次の竿に立つなど、離れ業が得意であった。竿というから相当の高さがあって、かつ細い物であったろうが、それがこんなに年をとって後もできたものだという。

またこの爺は、人間は蜘蛛や蛙にもなれるものだと口癖のように言っていたそうな。

死際になってから目が見えなくなったが自分でも、俺は達者な時に人様の目を掠(かす)めて悪事をしたのだからしかたがないと言っていた。

今から七、八十年前の人である。なお、旅人の師匠から授かった泥棒の巻物は、近所の熊野神社の境内に埋まっているということであった。


                                   ―― 『遠野物語拾遺』より ――






今回は一風変わった泥棒のおじいさんのお話でしたが、いかがでしたでしょうか。


泥棒というと、当然悪人のイメージがつきまといますが、このお話で登場する泥棒のおじいさんは人情味に溢れていて、茶目っ気もある親しみやすい存在に思えますね。

悪事を働いていたわけですから、悪い人には変わりませんが、そうでありながらも、人として無くしてはいけない大切な価値観、美学を持っていたことをその生き様から感じ取ることが出来ます。

特に、『俺は達者な時に人様の目を掠(かす)めて悪事をしたのだからしかたがない』という言葉は、年老いて視力を失っても、それを全て自らが成したことへの因果として受けいれることのできる、この人物の器の大きさをよく表していると思います。

前回の記事でも、盲人の悪人が出てきますが、その人物の冷酷さを思えば、まるで、仏のようですね。

もし生きていたならば、若者たちに聞かせたという自慢の武勇伝を是非聞いてみたかったです。

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