『奇談』 人獣 

文政(1818~30年)の頃、筑紫国の山里で狩人が獣を捕まえるための罠を谷の間にしかけていました。夜の間にその罠に何かがかかったようで、しきりに鳴き声がします。狩人が獲物の様子を見に行くと、なんとそれは人の姿をした獣でした。しかも、人語を話すので、いろいろと問いかけてみると、この獣の正体が判明しました。どうやら、保元の乱(1156年)の時、八島・壇ノ浦の戦いに負けてしまって、山に隠れていた平家の某...

『奇談』 湧水石

昔、富士山の麓の村で雨によって土砂崩れが起こったことがありました。多くの民家を押しつぶし、多大なる被害が出たのですが、その際に流れ出たのでしょうか、土砂の中に不思議な石が一つ、見つかりました。何が不思議かというと、この石には小さな穴が一つ空いていて、なぜかいつでもそこに水が溜まっているのです。このため、近くの人々が夏の暑い日など、手ですくって飲んでいたのですが、飲めばたちまちの内に、再び水が溜まり...

『怪異譚』 森囃し  毎夜響く、正体不明の怪音

享保の初めの頃のことです。武州と相州との間にある信濃坂で、毎晩お囃子の音が聞こえてくるという怪事がありました。笛や太鼓の音と共に、四五人の歌声が聞こえてくるのです。珍しがって、近くに住んでいるものや、遠くは江戸辺りからこの謎のお囃子を聞きに来る者があったようです。さて、このお囃子の音、とても広範囲に響く音なのですが、最初のうちはどこから聞こえてくるのか分かりませんでした。しかし、やがて村の中の産土...

『怪異譚』 化け損ない

五条内裏には化物ありけり。藤大納言殿語られ侍りしは、殿上人ども黒戸にて碁を打ちけるに、御簾をかかげて見るものあり。「たそ」と見むきたれば、狐、人のやうについゐて、さしのぞきたるを、「あれ狐よ」ととよまれて、まどひ逃げにけり。未練の狐、ばけそんじけるにこそ。              ― 徒然草 第二三〇段より ―五条の内裏に化物が出たそうです。藤大納言がお話になられたのですが、殿上人たちが黒戸の間で...

『怪異譚』 飛ぶ女

佐々木氏の祖父の弟、白望に茸を採りに行きて宿りし夜、谷を隔てたるあなたの大なる森林の前を横切りて、女の走り行くを見たり。中空を走るやうに思われたり。待てちやアと二声ばかり呼ばはりたるを聞けりとぞ                    ― 『遠野物語』より ―佐々木君の祖父の弟の話なのですが、この人が白望山に茸を採りに行きった時のこと。日が暮れたので、山小屋で一泊しようとしていると、谷の向こうに大きな...

『奇談』 恋の一念

むかし、若き男、けしうはあらぬ女を思ひけり。さかしらする親ありて、思ひもぞつくとて、この女をほかへ追ひやらむとす。さこそいへ、まだ追ひやらず。人の子なれば、まだ心勢ひなかりければ、止むる勢ひなし。     ― 伊勢物語 四十段より抜粋 ―むかし、ある若い男が、美しく、人柄も悪くない召使の女に恋をしました。しかし、この男には非常におせっかいな親がいて、息子が惚れてしまったら困ると思い、この女を他所へ追...

『日本神話』 保食神(ウケモチノカミ) 五穀豊穣の女神

今回紹介するのは五穀豊穣の神、保食神(ウケモチノカミ)です。日本の神々の中でも、人々が生活する上で欠かせない食物を生み出した女神として知られています。しかし、日本書紀に書かれているこの神に関するエピソードはと言うと、いろいろな意味でショッキングな内容となっています。どのようなものかまとめてみると……。ある時、天照大御神に命じられて、月読尊(ツクヨミノミコト:夜の世界の神様)が保食神の様子を見にやって...

『妖怪』 磯撫(いそなで)  船人を襲う怪魚

西海におほく有。其かたち鱣魚のごとく、尾をあげて船人をなで引込てくらふとぞ。           ― 『絵本百物語 桃山人夜話』より―巨大な魚の妖怪です。 肥前国(佐賀・長崎県)のとある沖では、北風が吹く日にはこの磯撫という魚が海で暴れると言います。船が通りかかるところを見計らい、その巨大な尾で船人を海中に引きずり込み、食べてしまうのです。 フカ(サメ)に似た大きな魚だそうで、尻尾には鉄のような針が...

『怪異譚』 闖入者は餅を喰う

この猟師半分ばかり道を開きて、山の半腹に仮小屋を作りてをりし頃、ある日炉の上に餅を並べ焼きながら食ひをりしに、小屋の外を通る者ありてしきりに中を窺ふさまなり。よく見れば大なる坊主なり。やがて小屋の中に入り来たり、さも珍しげに餅の焼くるのを見てありしが、つひにこらへかねて手をさし伸べて取りて食ふ。              ―  『遠野物語』より抜粋 ― 知らない誰かの訪問というのは、誰しも身構えてし...