2017-09-24

『怪異譚』 お金に嫌われし男の奇妙な運命

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相州大住郡の某村に、とても貧しい男がいました。

この男は生まれてきてから、小判というものを持ったことがなく、一度でいいから自分の懐に小判一両を入れてみたいと常々思っていました。

男には妻がいましたが、そんな男の夢を叶えるため、二人で力を合わせ、夜も昼も働き、ようやく小判一両を手に入れることが出来ました。昔からの念願が叶ったのです。

男はその小判を大事に持って帰ると、それに自分の名前を記して、神棚に供え、わざわざお神酒や肴も一緒にお供えして夫婦でお祝いをしました。

よほど嬉しかったのでしょう。男は酒に酔ってそのまま眠ってしまったのですが、不思議なことに、その夢の中で、手に入れた小判が人の形になって化けてでてきました。

『私はお前がもらった小判であるが、お前の家にいることはできない。ここを出て、武州八王子町の某の家に行く』

と、そんなことを言い出して立ち去ってしまったのです。

男がはっと飛び起きて神棚を見れば、なんと、本当に小判はなくなっていました。

この有様に男は自分の不運を嘆きます。自分はなんと金に縁のない人間なのだろうか。せっかく努力して手に入れた小判にさえ逃げられてしまうとは――。

しかし、男は夢の中の小判の言葉を覚えていました。

『確か、八王子町の某の家に行くとか言っていたな……』

一縷の望みに賭け、男はその場所を訪ねてみることにしました。たどり着くと、そこは立派な風格のあるお屋敷です。

男はたじろぎながらもこれこれの理由で訪ね来たと家の主人に説明すると、この主人も不思議に思い、前日に届いていた江戸の問屋からの金百両の包みを確かめてみることにします。

すると、百両のはずの中身は一両分増えて百一両になっていたのです。

「きっとそれは私の一両のはずです。自分の名前が記してあるはずなので、確かめてください」

そして、男の言うとおり確認すれば、驚くべきことに、本当に名前が書いてあるものが一両あるではありませんか。

「にわかには信じがたい話ではあるが、これは真にお主の物であるようだ。この一両はお返しいたそう」

と屋敷の主人はその小判を差し出したのですが、ここに来て、男の表情は曇ります。どうしたのだ、と主人が訊ねると、

「いえ、きっとこの小判はそもそも自分に不釣合いなもので、私が授かる運命にないのでしょう。だからこそ、小判は逃げ出したのです。せっかくですが、これを受け取ることはできません」

そうして踵を返そうとしました。これには屋敷の主人も不憫に思ったのでしょう。

「ちょうど今はお昼だから、せめて昼飯でも食べていきなさい」

と男に優しく語りかけるのですが、これにも男は首を振ります。

「仕方ない、なら握り飯を作ってやろう。帰り道に腹が減れば食べるといい」

主人は小さい握り飯を四つ作らせると、その中にこっそりと小粒の金を一両分入れて男に渡しました。

男はそんなことは露も知らずに、その握り飯を持って道を引き返すのですが、その途中で大家の奉公人と思しき若者たちが四人、畑の横で休んでいるのを見つけ、よりによって彼らにその握り飯を与えてしまうのです。

つくづくお金に縁のない男です。

さて、男が立ち去った後、その握り飯を食べた奉公人たちが驚いたことは言うまでもありません。四人はこれこそ、天の助けだと喜び、主人に暇乞いして、酒でも飲んで大いに楽しもうと家に帰るのですが、その彼らの主人というのは、つい今しがた男に小判の握り飯をもたせた屋敷の主人だったのです。

若者たちから話を聞いた主人はもちろん驚きます。

「あの金の入った握り飯を食べなかったばかりか、あろうことかそれを私の召使たちに与えて、またしてもこの家に金が戻ってくるとは……どこまでも金に嫌われた男よ。まことに憐れむべきことだ」

そう言って深く感じ入り、今度はお金ではなく、米三俵を馬に乗せて、毎年男の家まで贈ってあげたそうです。

男は金には縁がなかったものの、こうして長い間生活に困ることなく生きていくことができたということです。





こちらは宮負定雄の「奇談雑史」にある、お金にまつわる怪談です。

いかがでしょうか。どこまでもお金に縁のない男の物語ですが、ここまでついていないと、逆に喜劇的にも感じられますね。
男の心情を思うととても笑えませんが、金の握り飯をもらってからの、流れるような展開はもはやコントと言わざるを得ませんよ。



さて、お金、通貨というものは古くから人々の間で使用されており、生活に不可欠なものですよね。

『金は天下の回りもの』
『金がものを言う』
『悪銭身に付かず』

などなど、お金に関することわざや慣用句が多いのも、それだけ人々がその存在を重要視していることを物語っています。

この為、古くから、お金にはそれに相当する価値以上に、特別な力、霊力のようなものが備わっていると考えられていたのだと思われます。

今回、男が手にした小判が夢の中とはいえ、人の姿に化け、家を逃げ出していくというエピソードがありますが、これはまさに、お金に不思議な力が宿っていると人々が考えていた証拠ではないでしょうか。

現代においても、金運が良いとか悪いとかいう言い方をしますよね。非科学的な考え方ですが、それでも多くの人はそれを信じて、神社などにお参りしたり、パワーストーンといった特別なアイテムを持ち歩いたりします。


お金に宿った霊力は目に見えないながら、いまだに我々に大きな影響を与え続けているのでしょう。
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2017-09-23

『奇談』 牛の玉なるもの

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牛の玉というものを寺社の開帳などの折に、霊宝として見せることがありますが、それは決して綺麗なものではなく、毛などが生えていて、よくわからない物であることが多いようです。

自分で勝手に動き回るように見えるために、人々は不思議な物として珍しがりますが、これといって意味があるものではありません。

隠岐国は、放し飼いをしている牛が特に多いところでありまして、ある時、佐久間某とかいう人が、職務でこの国を訪れた時、この牛の玉を見たそうです。

牛は原っぱに寝ていたのですが、体のどこから出てきたのか、三、四寸(十センチほど)の丸い物体が牛の廻りを駆け歩いていたと言います。

子供が近くにあった茶碗でそれを抑えて取ったので、「それは何だ?」と訊ねると、「牛玉」と答えたそうです。

これは牛のお腹の中にいる生き物なのでしょうか。あと、この玉を取ったところで、その牛には何の影響もないのでしょうか。真に不思議なものです。





こちらは『耳袋』という書物にあるお話です。牛の玉と呼ばれる珍品について書かれていますが、その正体に関しては謎に包まれています。

単なる毛玉であるなら、不思議でもなんでもありませんが、勝手に動き回る、という事実は不可解ですね。しかも、佐久間という人が見たという牛玉は直径十センチほどもあり、毛玉というには、かなり大きめのものであると思われます。


風か何かで転がっていただけということも考えられますが、何かしらの生物であるという可能性も捨てきれませんね。

2017-09-18

『奇談』 死と分裂

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小田原城下の浦に百姓の住んでいる村がありました。

この村に西岡又三郎と言う中間がいたのですが、ある時、病気になって死んでしまいました。

夜更けに遺体を野原に埋めてやろうと、その者の住まいに人々が集まり、日が暮れるのを待っていたのですが、ここで奇妙なことが起こりました。

人々の集まりに見慣れない男が入り込んできて、誰に挨拶するでもなく、遺体の前に座り込んで大声で泣き始めたのです。人々は少々面くらい、変に思いましたが、きっと又三郎の親戚か友人なのだろうと思って黙って見ていました。

すると、しばらくして、今度は死んでいたはずの又三郎が、ふいにむくりと起き上がったではありませんか。

そんな馬鹿な。

驚いた人々を尻目に、又三郎は泣いていた見慣れぬ男に掴みかかると、いきなり取っ組み合いの喧嘩を始めます。

ただ無言のまま、お互いに殴り合い、あっちこっちと暴れまわるので、人々はどうすることも出来ず、対処に困り、ともかく全員で外に出て二人を閉じ込めることにしました。

閉ざされた空間で二人は長い間暴れまわっているようでしたが、日が暮れる頃になると、静かになったので、人々は様子を見に行きました。

見れば、中には二人がいて、同じ枕の上に伏せって死んでいます。

きっと殴り合いの果てに息絶えてしまったのでしょう。

この点は理解出来るのですが、奇妙なのはこの2つの死体の外見でした。

どういうことかと言うと、いつの間にか二人の顔立ちや背格好、果ては着ている衣服まで全く同じになっていたのです。

同じ死体が2つ。

一体、この状況は何なのか。誰もがこの奇っ怪過ぎる事態を少しも理解出来ませんでした。

仲の良かった人々にも確認してもらったのですが、どちらが本物の又三郎か見分けることが出来ず、結局一つの棺桶に二人を納めて埋めることにしたのだそうです。






こちらは浅井了意の『狗張子』という書物に残っているお話です。

一人の男の死が引き起こしたこの怪事には多くの謎がありますが、そのどれもが解明されないまま、物語は終わってしまいます。

又三郎の葬式に来た男は何者なのか。
又三郎が生き返ったのはどうしてなのか。
取っ組み合いの喧嘩をしたのはなぜなのか。
そして、最終的に同じ死体が2つできた理由とは……。

深まる謎に手も足も出ない心地ですが、一つ思い当たることと言えば、この又三郎の葬式にやってきた男は彼のドッペルゲンガーだったのではないか、ということです。

ドッペルゲンガー

皆さん御存知でしょうか。

そう、見たら死ぬ、と言われているアレです。

一種の超常現象で、脳が見る幻覚のようなものだとも言われているようですが、このお話の場合はきちんと実体があるようですね。

しかし、仮にそうだとして、このドッペルゲンガーが又三郎に何をしにきたのか、その理由がいまいち推測出来ません。

死をもたらず存在ならば、本人が死んでしまった後に登場するのは不可解ですし、又三郎と喧嘩を始める理由も、そもそも最初は又三郎と見た目が違った理由も、さっぱり分かりません。



ともかく、徹頭徹尾奇っ怪である、という以外にこの怪事件をまとめる言葉はないようです。

2017-09-10

『妖怪』 周防大蟆

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岩国山の奥に八尺(約二メートル四十センチ)ほどの大蝦蟇がいたと言います。

昼間は空を向いて口を開け、虹のような気を吐きます。この気に触れた鳥や虫などの類は皆、この蝦蟇の口に入ってしまうのです。

夏は蛇を食べるのだそう。本来、蛙にとって蛇は天敵ですが、窮鼠猫を噛むということわざのように、この蝦蟇は蛇を食い殺してしまうのです。

唐土の燕然山の苔渓に棲んでいる蝦蟇は一丈(約三メートル)以上もあり、人をも飲み込みます。

蝦蟇の中でも八尺を越えるものの多くは害を成すのだと言われます。また、小さくても立って歩くことの出来る蛙は必ず害を成すと兎床談に書いてあります。






『桃山人夜話 絵本百物語』にある蛙の妖怪です。

二メートル四十センチを越えるとなると人間の身長よりも大きいですね。一体どれほどの年月を経て、これほどまでに成長するのでしょうか。それとも、始めからこの大きさでいるのでしょうか。

いづれにせよ、こんな化け蛙に遭遇したら、自分のような貧弱な人間は太刀打ちできそうにありませんね。

このような大きな蛙に関する話は全国にあるようで、『北越奇談』には山で釣りをしていた男が岩だと思っていたものは巨大な蛙だったと言う話があったり、比叡山に登山中の人が急な地震だと思ったら、岩のような大蝦蟇がその振動を引き起こしていたという話も残っています。

それにしても、この妖怪、ユニークなのはその食事方法です。口を空に向けて開き、虹のような気を吐く、とありますが、何ゆえそのようなことをするのでしょう。そもそも虹のような気、とは何なのか。

僕には皆目見当もつきませんが、鳥や虫はその気を浴びると大蝦蟇の口に入り込んでしまうのです。果たしてそれは、生き物を誘うフェロモンなのか、一種の幻覚でも見せているのか、想像が膨らみますね。

2017-09-09

『奇談』 毛雨

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寛政丑年七月十五日のこと、江戸で小雨が降ったのですが、その中に生き物の毛が混じっていることがありました。

丸の内周辺では特に大量の毛が降ってきたとのことです。

長さは五、六寸(約十五センチほど)で、特に長いものには一尺二、三寸(約三十センチ)のものもあったそうです。中には赤い毛もあったと言います。

親しい人がその毛を京都まで送ってきてくれたのですが、馬の尻尾の太さほどの毛なのでした。江戸の広範囲に降ったとのことですが、一体、どんな生き物の毛で、何匹分の毛に相当するんでしょうか。

とても不思議な事件でした。






こちらは『北窓瑣談』という書物に残っているお話です。

とても奇っ怪な事件ですね。空から動物の毛が降ってくるなんて、想像しただけで気味が悪い話です。

しかし、空からありえないものが落ちてくる、というお話は日本だけでなく世界中にあります。

有名な話だと、アメリカのミネソタで大量のヒキガエルが降ってきたという話があるのをご存知ですか?

いわゆる、『ファフロツキーズ現象』と呼ばれるものですね。

他にもシンガポールでは市中に魚の雨が降ったり、イタリアにおいては、引き裂かれた鳥の血と思われる赤い雨が降ったり、面白いものだと、とうもろこしの粒が降ったなんて話もあります。

不思議ですね。どうしてこんなことが起こるのでしょう。

この原因に関しては諸説あり、竜巻によって地上のものが巻き上げられたとか、鳥が咥えていたものを落としたとか、何者かの悪質な悪戯ではないか、などと言われています。

しかし、どれも決定打に欠けるようで、はっきりと原因を断定できているものはありません。現代においても多くの謎を含んだ現象のようですね。



※それにしても気になるのは、この毛の生き物の正体です。一本の長さが十五センチから三十センチあり、馬の尻尾の毛ほどに太いということは、少なくとも鼠のような小さい生き物のものではなさそうですが……まさか人間の、なんてことはないですよね。